ハンモック


米国では、メディア大手の大型買収案件が相次いでいます。

AT&T社は14日、850億ドル(約9兆4000億円)でのタイム・ワーナー社買収の手続きを完了したと発表しました。待ったをかけていた司法省が上訴する可能性はまだ残っているようですが、このまま買収が終われば、AT&Tは通信とメディアをまたぐ巨大企業になるだけでなく、企業としては世界最大の債務者ともなります。その債務額は、現在の1630億ドルの債務に230億ドルが追加され、1860億ドル(約20兆円)という巨額なものです。

一方、メディア・娯楽大手のコムキャストも、メディア大手の21世紀フォックスの娯楽部門を650億ドル(約7兆1700億円)で買収することを13日に提案しました。713億ドルへと提案を引き上げたウォルト・ディズニーとの争奪戦になっており、コムキャストがこの争奪戦に勝つためにはさらに買収金額を引き上げる必要があります。ただ、コムキャストがこの買収を成功させれば、コムキャストの債務は1800億ドルかそれ以上にまで膨らむことになります。AT&Tを追い越しそうな巨大な債務額です。

タイム・ワーナーの買収を受けて、AT&Tは大手格付け会社のS&Pとムーディーズから揃って格下げされ、ジャンク債を2段階上回る水準のBBB/Baa2となりました。コムキャストの方は現在A-/A3という格付けですが、もしフォックスの買収が決まれば、こちらもBBB(トリプルB)クラブ入りするのは間違いないと見られます。




膨張するトリプルBクラブ

実は、米国の社債市場ではトリプルB格の社債残高が急増しています。米国調査会社クレジットサイツによると、2018年4月現在、米国の社債インデックスに含まれるトリプルB 格の社債は3兆ドル 近くに上ると言います。10年前は6860億ドルでした。別のマッキンゼーの調査によれば、米国の金融部門以外の社債残高の今や40%がトリプルB格だとします。因みに、22%はジャンク債です。米国企業の債務は金融危機以来49%増えましたが、量が増えると同時に、質もかなり悪化したと言えます。これは米国に限ったことではなく、グローバルに同様の傾向が見られます。

トリプルB格の社債が増えたのは、企業が借金してでも自社株買いを優先したり、M&Aを積極的に推し進めた結果です。しかし、投資家側がそれを許容したという側面も見逃せません。世界的な低金利の環境下で少しでも運用利回りを高めたい投資家は、格付けの低い社債をより積極的に購入するようになりました。その結果、低格付けの社債と高格付けの社債の利回り差も縮まっており、企業もトリプルBクラブ入りをそれほど恐れる環境ではなくなってきたということがあります。ただ、そうした状況がいつまでも続くという保証はありません。

 

「堕ちた天使」が増えれば市場は支えきれないかも

状況が変わるきっかけは更なる米国の利上げかもしれませんし、貿易戦争などによる世界的な景気減速かもしれません。また或いは、AT&Tがタイム・ワーナーの買収を思ったほど早く収益化できず、更なる格下げを受けることかもしれません。投資適格級(BBB-/Baa3以上)からジャンク級(BB+/Ba1未満)に格下げされた企業のことを「Falling Angel (堕ちた天使)」と呼びますが、AT&Tほどの債務規模を持った堕ちた天使をマーケットは支えきれない可能性が高いためです。ジャンク債市場としては米国の市場は世界で最も厚みがあるとはいえ、投資適格級(IG)の市場とはやはり比べ物になりません。年金などといった機関投資家はジャンク債を保有できず、あと1段階の格下げがあれば、ジャンク落ちに備えて早めに売却に動くことも想定されます。AT&Tではなくても、これだけトリプルB格の企業が増えている中、そうした企業の借り換えが今後もスムーズに行われることが市場安定の前提となっています。

 

今年に入ってからIG級の社債に売り圧力が高まる一方、ジャンク級の社債はまだ安定的に推移しています。全体的にはまだ秩序だった動きの範囲内と言えますが、社債市場が肥大化すると共に、質も悪化してきていることは、ここからは念頭に置いておくべきかと思います。ムーディーズは最近のレポートで、今後市場環境が悪化すれば、「特別に大きい」デフォルトの波がジャンク債市場を襲うだろうと警告しました。投資家の旺盛な需要に支えられ、以前であれば市場から退場を迫られていたような企業も資金調達を続け、延命していると見られるためです。そのような大波が来た場合、ジャンク債と壁一枚隔てただけのトリプルB格も大きな影響を受けることは避けられません。そして、トリプルBグループは、今やIG社債市場全体の約半分を占めているのです。IG社債インデックスに連動するような投信やETFで運用している場合も、そうした点を認識しておく必要がありそうです。

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