難波線

フィンテックの台頭に足元を脅かされている金融業界ですが、それ以外にも頭の痛い問題が忍び寄ってきています。いわゆる、「座礁資産」の問題です。


今や取り組まないといけない「ESG投資」

ESG投資が急速に盛り上がりを見せていることについては、以前ここでも書きました。SRI投資(Socially Responsible Investment)という、環境や人道などに配慮する投資は90年代からあり、当時から一定の人気を得ていました。しかし、それがバージョンアップした形の現在のESG投資は、ある意味で次元が違います。今や、運用者なら積極的に取り組む責任があると見られるほどになってきているのです。2015年には国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)が、「ESGを考慮しないことは受託者責任の失敗」と結論付けました。こうした流れを受け、ESGを考慮した運用を行う資産規模は2016年時点で22.9兆ドルに達し、運用資産全体の26%を占めるまでになっています。そして、今後もその比率は急速に高まる公算が高いと見られています。
それに従い、ESG投資の普及が企業活動へ与える影響力も高まってきています。ESGに配慮しない企業とみなされると、運用会社の投資対象から外され(ダイベストメント)、その結果として株価が下落したり、資金調達が難しくなります。このため企業も、ESGに対する独自の取り組みを強化し、またそれを外部に発信することが求められるようになってきているのです。


ESGに嫌われる石炭火力産業

ESG投資家の間で、今最も顕著に嫌われているのが化石燃料に関連するビジネスです。中でも石炭は地球温暖化の原因である二酸化炭素を多く排出するとして、多くの投資家が石炭事業を手掛けている企業のダイベストメントを始めています。仏アクサや英ロイド、独アリアンツなど、そうした投資家の数は枚挙に暇がなく、国内でも日本生命や明治生命などが新規の融資を行わないことを今夏発表しました。また、エネルギー企業側でもこうした流れに敏感に反応し、石炭事業撤退に動くところが出てきています。例えば英リオ・ティントは、今年の8月1日に石炭資源の売却完了を発表し、石炭を持たない初の資源メジャーとなりました。本邦でも丸紅が9月半ばに、石炭火力発電所の新規開発から撤退することを発表しています。つまり、環境意識の高まりとESGの圧力で、石炭産業全体が急速に縮小を余儀なくされているのです。


石炭火力産業向けの投融資は「座礁資産」に

これは、石炭関連事業の価値が大きく目減りしていくことを意味します。これまでは石炭の埋蔵量が事業価値の算出基準となっていましたが、埋蔵量があっても使えないのであれば、その価値はありません。金融機関が埋蔵量基準で行ってきたこれまでの投融資が、今後回収不能になるリスクが出てきたということです。こうした低炭素社会への移行に伴って回収不能(或いは価値が大きく毀損する)資産を、イングランド銀行カーニー総裁が主導するFSB(金融安定理事会)は「座礁資産」と呼び、金融機関に警告を発しています。

日本のメガバンクなども、対応に動き出しています。今年の統合報告書から、TCFD(FSBによって設立された団体)の提言に基づき、気候関連リスクと、それをどうコントロールするか等について、各行が開示を始めました。また、石炭火力発電への新規融資については高効率のプロジェクトに限る(SMBC)などといった厳格化の方針も打ち出しています。ただそれでも、国際的な環境NGO団体らからの日本のメガバンクに対する評価は、抜け道が多いなどとして、非常に低いままとなっています。ただこれには、致し方ない面もあると見えます。そもそも日本政府が今年の基本エネルギー計画でも石炭火力を「基幹電源」に位置付けている中、メガバンクが石炭事業から完全に撤退することはできないと考えられるためです。


座礁資産は石炭以外にも広がる?

NGOの米レインフォレスト・アクションネットワークによると、2017年の石炭火力向け投融資は、MUFGで約1500億円、みずほFGで約1200億円、SMFGで約400億円といいます。2018年7月30日付の日経新聞でも、「5千億~1兆円の利益を稼ぐメガにとって大きな額ではない。」としています。しかし問題は、座礁資産が今後更に拡大する可能性も高いことです。最近、海洋プラスチックに関する報道が急激に増えました。パーム油や木材の生産のための森林伐採も、長らく問題視されています。多発する災害に環境意識が高まり、様々な技術革新によって新しいソリューションが生み出され、ESGがそれらを急速に後押ししていく社会では、どんな座礁資産がこれから生まれていくのか想定しきれない気がします。


社会構造の変化はどの企業にとってもチャレンジです。しかし、メガバンクなどの大手金融機関には、特に大きなチャレンジとなりそうです。メガバンク等はまだ大きな社会的役割があり、取引先を完全に自由に取捨選択するのは困難です。また、多くの系列企業も持っています。しがらみの少ないフィンテック企業に比べ、多くの足かせが付いてしまっているのです。

他にも、装置産業となっている銀行には、店舗やシステムの「不良資産化」問題もありそうなのですが、それについてはまた別の機会に書いてみたいと思います。
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