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武田薬品が欧州製薬大手シャイアーの買収を決断しました。約7兆円という買収額は、これまで日本企業による海外企業買収としては最大規模だったソフトバンクによる英半導体設計会社アーム社買収の約3.3兆円を、2倍以上も上回ります。この大胆な決断の裏には、同社の新薬候補が少ないことや海外市場に食い込めていないなどといった武田の焦燥感があるとされます。シャイアー買収がそれらの課題解決につながるかどうかが分かるには数年を要すると思いますが、その間にも警戒が必要なのがマーケットの動きです。

 

買収による債務の膨張と格下げの見通し

 

今回の買収では、武田は新株と現金を組み合わせてシャイアーの全株式を買い取る予定です。新株発行によって既存の株式が大きく希薄化することはここでは置いておくとして、現金部分の約3兆円を新たに借り入れる必要があります。武田は過去の買収で既に1兆円超の有利子負債を抱えています。更にシャイアーも2兆円程度の債務を持っており、今回の買収後の武田の有利子負債額は6兆円を超えることになります。武田の20183月期の純利益は、前期比37%増と好調だったといっても、1573億円です。6兆円超の負債は今後相当な経営負担となるとみられます。現在の武田の格付けは、ムーディーズ社でA1S&P社ではA-となっています。共にアウトルックは「ネガティブ」で、今後の格付けの方向とてしては引き下げられる可能性が高いことを意味します。社債の格付けにおいては、Baa3(ムーディーズ社)またはBBB-S&P社)までが投資適格とされ、これを下回ると投資不適格(ジャンク級)として区分けされます。武田は今のところ投資適格ですが、今回の買収が実現すれば格下げを受けることはほぼ間違いないと思われ、BBB(トリプルB)グループ入りしそうです。

 

 

膨張してきたBBB格の社債市場

 

金融危機以来長らく続いてきた世界的な低金利の影響で、投資適格級の中でも一番下のグループであるBBB格の社債の市場規模は急速に拡大してきました。運用難に苦しむ投資家が運用利回りを高めるために、信用リスクをどんどん甘受するようになってきたためです。425日付のブルンバーグ記事によると、今ではその規模は3兆ドル近くになると言い、ドイツのGDPにほぼ匹敵する大きさです。また投資家の需要が高まるにつれてBBB格の発行体の調達コストも下がり、この投資適格最下位グループの企業でも容易に資金調達ができる時代が続いてきました。しかし当然、どんなマーケット環境でも永遠に続くことはありません。米国では昨年から少しづつ利上げのペースが速まってきており、また欧州中央銀行も年内に量的緩和の縮小に踏み切る公算が高まっています。各国の利上げはその国の通貨での借り入れコストを押し上げます。また、それ以上に調達コストを押し上げるのが企業の信用力の低下です。これはまだ全体的な広がりをもっては見られていませんが、貿易戦争の兆しやすでに好景気が相当長く続いてきていることなどから、今後については警戒も必要かと思われます。

 

HY債で構成されるファンドから資金流出が目立つ

 

ジャンク級の社債(ハイイールド債とも呼ばれます)の投資家層は、投資適格級の投資家層とは一般的に違います。しかし、BBBグループはハイイールド債グループに最も近いだけに、ハイイールド債の動きが今後の動きの参考になります。そしてこのハイイールド債で運用するファンドから、最近資金流出が目立っているのです。モーニングスター社によると、ハイイールド債のファンドからは3月まで6か月連続で資金の流出がみられました。今年の第1四半期だけでも192億ドルが流出したといいます。パニックを伴うような投げ売りにまではまだ至っていない様子ですが、株式市場でもボラティリティが高まっている中で投資家の警戒モードがそろり高まっている感があります。やはり今後は投資適格級の債券でも、下のほうから警戒感が高まる可能性については留意が必要でしょう。

 

 

時間との闘い

 

武田の今回の大きな決断にあたっては、資金調達のめどがある程度ついているものと思われます。しかし、どの位の期間の融資を受けるのかはわかりませんが、既存の債務も含めて、借り換えのタイミングはどこかでやってきます。その時の武田の格付けはどの程度なのか、金利水準はどの程度なのか、投資家や銀行にどの程度のリスク許容度や選好度があるのか、などによって武田の債務コストの負担は大きく変わってきます。BBB格グループが享受してきた良い時代は終わりが近付いているかもしれず、債務返済も新薬開発と同じくらい重要な時間との闘いになるに違いありません。

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